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札幌高等裁判所 昭和28年(ネ)115号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 岩城徳蔵

被控訴人(附帯控訴人) 米田清

被控訴人(附帯控訴人) 米田揖

右両名訴訟代理人弁護士 佳山良三

主文

控訴人の本件控訴を棄却する。

原判決を次のとおり変更する。

附帯被控訴人は附帯控訴人両名に対し、各金一〇万円とこれに対する昭和二六年三月一二日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決は、仮りに執行することができる。

事実

一  当事者双方の申立

控訴(附帯被控訴)人は「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は「原判決中、附帯控訴人等敗訴の部分を取消す。附帯被控訴人は附帯控訴人等に対し、各金六万円とこれに対する昭和二六年三月一二日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人と略す)の主張

1  控訴人(附帯被控人、以下控訴人と略す)は、小樽市緑町一丁目一二番地木造亜鉛鍍金鋼板葺平家建居宅(建坪三八坪五合)を所有している。

被控訴人等の長女米田美智子(昭和二三年四月九日生れ)は、昭和二六年三月一一日午後三時二〇分頃、右家屋の東側を南北に通ずる幅約二間の道路上において、同家屋の屋根に積つていた厚さ三尺五寸以上の雪が殆ど全部、瞬時に落下し、その下敷となつて圧死した。

2  この事故は、次のように、控訴人所有家屋の保存の瑕疵によつて、あるいは控訴人の家屋保管上の過失によつて、発生したものである。従つて、控訴人は、被控訴人等のこうむつた精神上の苦痛に対し、慰藉料を支払う義務がある。

(一)(所有家屋保存の瑕疵)

控訴人所有にかかる前記家屋は、本件事故現場の道路に沿つて南北に棟を通しその両側約四〇度の勾配に傾斜する亜鉛鍍金鋼板葺の屋根をもち、道路に面する東側部分は、間口七間半、幅三間半の矩形二六坪二合五勺の広面積で、間口軒先の地上よりの高さは一二尺に達するものであつて、その屋根上に毎年二、三月頃には厚さ三尺五寸以上に及ぶ積雪があるのを例とするから、かかる屋根を備えた家屋の保存については、積雪の落下により下方道路上の通行人等に対する危害を防止するため、直径五、六寸以上の松丸太を太さ電線程度の針金又は鉄輪を用いて組み合せ、屋根及び棟の数箇所に結着する等強固な雪止めの設備をなすべき必要があるものである。然るに、控訴人は、本件事故発生当時、雪止めとして、直径二、三寸の細丸太を荒縄で結着したのみであつたから、融雪期には積雪の重量に耐え切れず、一時に丸太及び積雪もろ共になだれ落ち、下方通行人の身体に危害を及ぼすおそれが十分にあつたもので、本件事故も、家屋の保存について右のような瑕疵があつたことに基くものであるから、その所有者である控訴人は、前記損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。

(二)(家屋保管上の過失)

仮りに、本件事故の原因が、所有家屋の保存の瑕疵に基くものでないとしても、次のように控訴人の過失によるものである。

すなわち、何人も現に住居に使用していない家屋の所有者は、小樽市においては冬季積雪が多量にあることは例年のことであり、その所有家屋の屋根などから積雪が落下し、他に損害を与えることが多いのであるから、その予防対策として、家屋の適切な管理人を置き、適切な設備を施すなり雪下しをくり返すなど適切な管理をして、他に損害を与えないようにする注意義務があるものというべきである。

しかるに、控訴人は、右注意義務を怠り、管理人もおかず、積雪落下防止について完全な措置を講じなかつた過失によつて、本件事故が発生したものである。

3  被控訴人等のこうむつた精神上の損害は、次のとおりである。

(一)  亡米田美智子は、被控訴人等夫婦の唯一人の実子であつたこと。

(二)  被控訴人米田清は、事故当時、連合国北海道特別警察隊小樽地区に勤務し、一箇月の実収金一万円以上であつたこと。

(三)  控訴人は、劇場あるいは美容院等を経営し、中流以上の生活をしていること。

以上の事実から、被控訴人等の損害は各自金一〇万円を相当とする。

4  そこで、被控訴人等はそれぞれ控訴人に対し、金一〇万円とこれに対する本件事故の日の後である昭和二六年三月一二日より民法に定める年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  控訴人主張の3および4の事実のうち、金二、〇〇〇円を見舞金として受領したことは認めるが、その他は否認する。

三、控訴人の主張

1  被控訴人等主張事実1のうち、落下した雪が、厚さ三尺五寸以上あつて、その殆ど全部が瞬時に落下したという点は知らないが、その他の点は認める。

2  被控訴人等主張事実2のうち、本件家屋の屋根の構造および雪止めの材料の点は認めるが、その他の点は否認する。右雪止めは、昭和二五年一〇月頃、新たに設置したものである。また、控訴人は、訴外寺前清吉を管理人として、本件家屋をその頃占有管理させていた。

従つて、被控訴人等主張のような瑕疵あるいは過失はない。なお、本件事故の発生は、数日前から急激に気温が上昇し、前日の降雨も屋根の積雪に重みを加えた結果、事故当日前記のように落雪したものであつて、不可抗力というべきである。

3  仮に、本件事故の発生が控訴人の過失に因るものであるとしても、被控訴人等が、積雪落下の危険のある本件道路上に、満三年に足りない幼年の美智子を一人で放置して遊ばせておいたためによるものであつて、むしろ被控訴人等の重大な過失に基く事故であるから、損害賠償の額を定むるにつき右過失を斟酌せらるべきものである。

4  さらに、仮に控訴人に本件事故発生の責任があるものとしても、その損害額を争う。

すなわち、前記各事実および被控訴人等の重大な過失ならびに控訴人が被控訴人等に対し本件事故発生後間もなく見舞金として金二、〇〇〇円を贈与した点等を考慮せらるべきである。

四、立証 ≪省略≫

理由

一、控訴人が、小樽市緑町一丁目一二番地木造亜鉛鍍金鋼板葺平家建居宅(建坪三八坪五合)を所有していること、被控訴人等の長女米田美智子(昭和二三年四月九日生れ)が、昭和二六年三月一一日午後三時二〇分頃、右家屋の東側を南北に通ずる幅約二間の道路上において、同家屋の屋根に積つていた雪が落下し、その下敷となつて圧死したこと、そうして前記家屋は、右事故現場たる道路にそつて南北に棟を通し、その両側約四〇度の勾配に傾斜する亜鉛鍍金鋼板葺の屋根をもち、道路に面する東側部分は、間口七間半、幅三間半の矩形二六坪二合五勺の広面積で、間口軒先の地上よりの高さは一二尺に達するものであることは当事者間に争いがない。

二、そこで、被控訴人等主張の本件事故発生の責任について判断する。

原審証人薄井衛一、寺前清吉、当審証人中島フミの各証言、原審および当審における被控訴人米田清の各本人尋問の結果を綜合すれば、小樽市内にあつては、家屋の屋根の上に、毎年二、三月頃には厚さ三尺五寸以上に及ぶ積雪があるのが例であること、控訴人は本件事故発生当時、雪止めとして直径二、三寸の細丸太を荒縄で結着したのみであつたため、融雪期になつて積雪の重量に耐え切れず丸太および積雪が一時になだれ落ち、たまたま落下地点にいた米田美智子を埋め尽し、直ちに発堀にかかつたが二〇分以上の時間を要してようやくこれを掘出し、人工呼吸の甲斐もなく死亡するに至らしめたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、その家屋の屋根の構造、規模、配置等からみれば、本件家屋には積雪落下防止の施設として、少くとも直径五、六寸以上の松丸太を太さ電線程度の針金を用いて組合わせ、屋根および棟の数箇所に結着するなどして、強固な雪止めの設備をしなければ家屋の保存につき瑕疵あるものと解せられるところ、前認定のとおり細丸太、荒縄による雪止めに過ぎなかつたものであり、このように屋根上の雪止めが不完全なため、積雪もろともに落下して下方の通行人を死傷するに至らしめたときは、右死傷の原因は、右雪止めのある家屋の保存について瑕疵があることに因るものであるといわなければならない。

三、次に控訴人主張の被控訴人等の過失の有無について判断する。

当審証人出島フミの証言、原審および当審における被控訴人米田清本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人米田揖がその実毎の病気見舞のため、米田美智子を伴い、本件家屋の憐家である訴外出島フミ方を訪問中、右米田美智子において、たまたま戸外から水を汲み入れる出島フミに連れ添い、その後方約二、三歩離れて同家に入ろうとした際、前記のような多量の落雪があつて本件事故となつたものであつて、被控訴人等が米田美智子を本件事故現場附近に独りで放置していたものでないことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、この点の控訴人の主張は採用できない。

四  次に被控訴人等の損害額について判断する。

原審および当審における被控訴人米田清の各本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、米田美智子が、被控訴人等夫婦の唯一人の実子であつたこと、被控訴人米田清は、事故当時、連合国北海道特別警察隊小樽地区隊に勤務し、一箇月の実収金一万円以上であつたことが認められ、当事者間に争いのない見舞金二、〇〇〇円の授受の事実を考慮しても、被控訴人両名の受けた精神上の苦痛を慰藉する金額は、被控訴人各人につき金一〇万円をもつて相当とする。

従つて、控訴人は被控訴人両名に対し、各金一〇万円とこれに対する本件事故の翌日である昭和二六年三月一二日より支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 臼居直道 裁判官 安久津武人 田中良二)

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